FC2ブログ

あなたは鬱病をどれだけ理解していますか?

うつ病を克服したい!うつ病の正体が知りたい!周りの人に判って貰いたい!10年間のうつ闘病経験を元にうつ病・不眠症・パニック障害・引きこもりなど闘病記及び症状の説明を綴っています。

思春期

当然ながら僕にも思春期はあった

ただこの頃は家庭に常に恐怖があった
毎日のように酒を飲んでは暴れる父

有段者が木刀を持って家族を脅していた
喧嘩しても勝てるわけもなく恐かった

父もいわゆる内弁慶
仕事のストレスを家でぶちまけていた

そんな折、親を不信に思ってしまう
決定的な出来事があった

ひどい腹痛(実は盲腸)でのたうちまわっていた時
酔った父から「大げさにするな」と言われ
お腹を蹴り上げられた

以来、父とは話さなくなった
家での会話の減少は無口に拍車をかけていた

うつ病の素養が小さい頃に作られた感じがしている

PS
今、自分の体験記を書かせてもらっています。
うつ病の記事はカテゴリなどから見て下さい。

ランキングに参加しています
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ うつ病(鬱病)へ

人気
FC2 Blog Ranking
宜しければ応援お願いします
関連記事
[ 2008/01/28 18:38 ] うつ日記 | TB(0) | CM(5)
うつ病を治すために
うつ病は決して治らない病気ではありません。
しかし、治療には相当の時間がかかるのも事実です。

放っておいたら死に至る病とも言えます。

もしも死にたいと思った時には、まずは相談を!

くれぐれも早まらないで下さい

全国いのちの電話一覧

引用先サイト日本いのちの電話連盟


うつ病とはどのような病気なのかを理解し
適切な治療をできるだけ早く行うことが大事です。
治療が遅れれば苦しむ時間が長くなります。

うつ病を治すには家族・友人の協力も不可欠です。
家事を手伝ってもらえるならお願いし
他にも手伝ってもらえることは手伝ってもらいましょう。

大事なのは自己流で治そうとしないこと。
医者と二人三脚で病気と向き合う姿勢が大事です。

デイケアなど使えるサービスは利用しましょう。
自立支援制度で医療費も最小限に抑えましょう。

仕事をしながら、家事をしながら
うつ病を治療するのは中々に大変です。

それでも治療を続ければ、いつか必ず治ります。
あきらめないで生きて行きましょう。

鬱病や神経症を患った家族や友人を持った人に読んで欲しい記事

りんさん…おはよう
りんさんも
理不尽な思い…
沢山したんですね

姉妹で比べられたり
"差別"をされると
言い様のない悔しさを
覚えますよね…

"苛め"もそうですが
やった側は
微塵も反省せず
平然と
のうのうと暮らしてる…

一方やられた側は
その時受けた"心の傷"を
なかなか癒せず
何年も何年も
鉛のように引きずって
生きていかなくてはいけない



サーカスの象は
子象の時に連れてこられ
頑丈な鎖に繋れ
来る日も来る日
"ムチ"で芸を教え込まれる

逃げ出そうと
何度も何度も
重く頑丈な鎖を
断ち切ろうと試みる

でも
子象の力では
重く頑丈な鎖はちぎれない

何度やってもちぎれないから
いつしか子象は
鎖を切ることをあきらめる

成長し大きな象になっても
象は逃げない

鎖を引きちぎる力は
充分にあるのに
…象は逃げない…


人間も同じですね
子どもの時に擦り込まれた
悪しき言葉や行為は
大人になってからも
心の奥底に深く深く
染み付いているんですよね

自分を信じられないし
自分を好きになれない
自分を肯定すら出来ない


すみません
朝から
どよ~~んとした話題で
(苦笑)


さあ~~!
気をとりなおして
いきますか
[ 2008/01/29 08:11 ] [ 編集 ]
マミーさんへ
おはようです。

早朝覚醒で、また早起きしちゃいました。

(*_*)


マミーさんも過酷な人生を歩んできたんですね…。


私はね、不幸慣れというか幸せな時って、こんな良い事が長続きする訳ない…って変な習性があるんですよ

子供の頃から貧乏で、
親もあんな感じで育ってしまったから…幸福感が
珍しく感じてしまってね。

どんなに楽しい事も100%
楽しむ事が出来ないんですよ…。


本当は辛いはずなのに…
人一倍幸せ求めてるはずなのに…

おかしなものですね。


私、四人姉妹の長女なんです。

私以外の三人は看護師を
してます。


中3の時、看護師になりたいと私立の高校進学を希望しました。

すると父親は「うちは金がないから私立などやれん。公立卒業して、それでもなりたかったら自分で働いて行け」と言いました。

私は、公立を受け
私立の看護科をあきらめました。


なのに次女から四女まで
三人共、私立の看護科…

そして今、看護師として
働いています。


私の時はダメで、なんで
他の三人は良いの?


ずっと、辛かったです。
私が子供の頃から、一番になりたいと願ってたのに…

学校に行かせてもらえずに高校卒業してデパートへ
勤めました。


今だに看護師として働いている妹達が羨ましくなります。


妹達は特に看護師への
思い入れがあった訳ではなく行ける学校がなかったから…(次女)そんな理由で看護師になれて

三女・四女は、それに続いて同じ私立に進んだだけで

一番なりたかった私が
なれず…
今でも悔しいです。


私の一番の夢だった看護師への道を父親に壊され


小さい頃から「お前は長女なんだから、お前が曲がると後の妹達が曲がる…」といつも言われ厳しく育てられました。


父親に対する憎しみは
たぶん一生消えないと思います。


鬱病になった原因のひとつが父親から厳しくされた事でもあると思います。

だから、いつでも四角四面な考えしか許されなかった

私の本来の性格をも父親のせいで変えられてしまっていた。


今更、言っても仕方のない事なのかもしれないけど…

こういう人生歩んでいると不幸が当たり前みたいに
感じてしまう。


どんなに楽しい時でも
半分あきらめ気分で心から楽しめない…


どうせ、この楽しさも
そう長くは続かないと…
思ってしまうんです。


逆境につぐ逆境の毎日でしたから、気が付いたら
ポッキリと自分自身が折れて壊れてしまいました。


なんで…私だけ…

色々な事をあきらめ一生懸命に生きてきたのに…

病気にまでなって…


なんで私だけ…?


ずっと、感じていました。

私は、幸せを望んでは
いけないのかな…?


悲劇のヒロインなんて思いたくない!

でも、何で私ばっかり…

なぜ?なぜ?なぜ?…


早く呪縛から離れたい…。

[ 2008/01/29 05:25 ] [ 編集 ]
りんさん…発見!
なんか…
やっぱり似てる?

わたしも
頭がよく要領のいい姉と
何かと比べられ…
『お姉ちゃんはいい子だけど…おまえは悪い子だ!』
って散々言われました

大人になっても
言われ続けてましたょ
ごく最近まで(笑)


同じことをしても
姉は褒められ
わたしは怒られ

同じことを言っても
姉は"肯定"され
わたし"否定"される…

兄と兄嫁=義理の姉が
よくかばってくれましたが
…それだけでも救いですね


なんか…
明るい"不幸自慢"に
なっちゃいましたね
(苦笑)
[ 2008/01/29 00:30 ] [ 編集 ]
トラウマ
子供の頃、いつも理不尽な怒られ方をしていた。


一番下の妹が小児喘息が
ひどく、泣いたりすると
発作が始まったりするので腫れ物にさわるような感覚だった。

妹も、自分が悪くても
泣きさえすれば全部泣かせた者のせいになるのを
解ってて、わざと泣いたりしていた。

今でこそ普通に接しているが子供の頃は妹が大嫌いだった。

気に入らなければ泣いて
我を通し特に父親の怒り方が異常なくらいに怒るので父親も大嫌いだった。


父親に至っては20才で
結婚のため家を出てから
10数年会っていない。


当然、結婚式も呼ばなかった。


妹も何か思う事があったらしく招待したが来なかった

子供の頃から私は父親が
大嫌いだった。
いつか覚えてろ…と怒られるたびに腹の中で思っていた。


今だに小さい子供が泣く声に緊張するような変な感覚を感じてパニックをおこしそうになる。


妹が泣く=父親から怒られる…いつもこの事にビクついていた。


父親には一生会うつもりは無い。

それだけ、子供の頃の環境は最悪だった。


家に帰りたくなくて下校時に腹痛が始まり
なるべくギリギリまで学校に残っていた。


今にして思えば虐待だったと思う。


何か気に入らないと廊下に何時間でも正座させられ
御飯も食べさせてもらえず寒さと足の痛さに体が震えた。


そんな父親だから絶対に
会いたくない。


孫である子供達にも一度も会わせてない。


どれだけ子供の頃の事が
トラウマになっているか…

理不尽な怒られ方は人の
人格さえ変えてしまう。


子供の泣く声に敏感になって今だにトラウマとなって私を苦しめる。


だから、父親に会わない事が私にとっての仕返しだ。
[ 2008/01/29 00:11 ] [ 編集 ]
うつうつ君…
わたしも…
最初の"鬱"になった時
医者から言われました
『3才までにきずくべき 親(特に母親)との"絆"が
 全然できていない』と

思いあたる"ふし"は
沢山ありました…

2歳の時に"難病"になり東京の大学病院に
連れていかれ
モルモットのように
毎日様々な治療をされ
狂ったように泣き叫ぶなか
看護士さんたちに
馬乗りに押さえつけられ
何本も注射をされたことや
白い寝巻を着せられ
壁際に立たされ
"フラッシュ"を何度も
たかれたことなど
未だ鮮明に覚えてます…

いわゆる"トラウマ"ですね

わたしの父親は
母親と結婚する以前から
"賭け事"にのめりこみ
せっかく稼いだお金も
一晩で遣ってしまうほどで
よくそのことで両親は
言い争いをしてました

今思うと…
母親も多分お金のことで
随分と追い詰められて
いたのでしょうね…
そのストレスの捌け口は
一番力の弱い末っ子の
わたしに向けられ…
"虐待"にちかい折檻を
幼い頃からよくされました

一番上の兄は
家の中の荒んだ環境を嫌い
高校生になると
家に帰らなくなりました
当然の様に"悪い仲間"に入り
"少年A"と新聞やテレビに
載ってしまうほど
沢山悪いことをして…


最後…目の前で
"手錠"をかけられ兄は
そのまま鑑別所に送られ
何ヵ月も帰ってきませんでした
(出てきてからは、真面目に更生し…今では5人の子どもたちの良きパパをしてますが)

わたしが"鬱"になった時
兄が言いました
『俺は家の不満を
 "外"に向けることで  晴らしたけど…
 おまえはそれを
 全部"自分"に
 向けちゃったんだなぁ』と

その後
"鬱"が落ち着いてからも
随分と長いこと
母親とは"確執"がありました

憎くて憎くて…
『殺してしまいたい』
と思ったことも
正直…何度かありました

悲しいかな…
わたしも"親"になり
『母もつらかったんだなぁ』と
3番目の子を授かって
よぅやっと気付き…
永い永い"呪縛"から
解き放たれることが
出来ましが…

本当に…
永い永い時を経てでした


うつうつ君…
ここに書かせて貰うことで
自分を改めて
紐解くことが出来ました
ありがとうございます

うつうつ君も
わたしも…
そして此所に来る
みなさんも
どうか…
光のさす方へ
向かわれることを
心からお祈り致します
[ 2008/01/29 00:05 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL

Web検索 
カスタム検索
うつ病関連本
訪問者さま
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -